高校時代の思い出と、鮫洲教習所のトラップ

自分の通っていた高校は、屈指のバカ高校でして、
入学して初めての英語の授業のとき、
事前テストで英語力ごとにクラス分けを行い、
自分は一番上のクラスに入ることになったのですが、
その最初の授業にて、
先生「椅子は英語でなんて言う?」
自分「チェアーです。」
先生「その綴りは?」
自分「chairです。」
先生「(がたっ)す、すげぇ・・・・・!」
この程度のレベルでした。
他の授業もそんな感じだったので、
おかげで中学のころ5段階評価で「1」を貰った事がある自分でも、
高校では一度も赤点を取ることなく卒業できました。

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自分は飯・パン・麺の中でどれが一番好きかと言われると迷わず飯と答えますが、
高校時代はパンばかり食べていました。
陸上部の朝練習ですぐに腹が減って早弁してしまい、
昼ごろにはまた空腹になることがしばしばありました。
自分の高校には学食が無いかわりに、近所のパン屋さんが昼休みに来て、
玄関で露店のようにパンを並べて販売していまして、
昼の玄関はいつもパンを求めてごった返していました。
そんな中で一番人気だったのは、
クリームパンの上にパイの生地を乗せて焼いたメロンパン的なパンでした。
それがまためちゃくちゃ旨くて、
自分含め生徒ほとんどが大好きで、ほぼ皆がそれを求めて買いに行くんですが、
露店形式で売ってるためにパンの名前がわからなかったんです。
そのため、学校の間ではそのパンを「パイパン」と呼び、
昼になると「パイパン!パイパン1つください!!」という大声が飛び交ってたんですが、
今考えると何も知らずに

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そして高校を卒業した自分は上京する直前に自動車学校に通い免許を取得したため、
生まれてはじめての更新は東京で行うことになりました。
それで最初の更新は区役所じゃなく特定の試験場に行かないといけないらしく、
有効期限日にその事実を区役所で知り、
途方に暮れていたところ区役所の方が手続きをしてもらい、
期限日を過ぎたにもかかわらず翌日試験場にて更新してもらった経験があります。
で、その試験場というのが品川にある鮫洲試験場という所なんですが、
最寄の鮫洲駅に着いた瞬間に突然駅前の老人男性らに声を掛けられ、
「免許の更新だろ?こっちに来い来い」と、ある建物に気付いたら入れられました。
と一瞬ビックリしたんですが、
聞くとその正体は免許更新の際に必要な申請書を代わりに作ってくれる代理店でした。
周りを見ると自分と同じように免許更新に来ていた人がキョトン顔で数人居ました。
そして色々と質問事項を聞かれ、申請書が完成。

30歳で勃起不全になりました。

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32歳男性になったころ
勃起不全(ED)に時折なる時期がありました。
昔から、彼女とのセックスの際に
お酒を飲み過ぎてしまったから勃起不全になってしまったりだとか、
新しい彼女と付き合ってから初めてのセックスの際などの慣れないうちは緊張をしてしまって
そのために勃起不全に一時的になってしまった、ということはよくありました。

しかし、30代に入るまでは
性欲そのものは毎回しっかりありましたし、
1人で行為を行うときには
緊張感などの阻害要因が基本的に無いので
つねに勃起することができていました。

30歳を超えてから、
仕事の責任と仕事の量が増えていき、
家に帰ってからは
疲れ切って、甘いものや脂っこいものなどを
食べてすぐに眠るだけの日々が続きました。

そんな日々が続いたある日
1週間ほどの間、
彼女とのセックスもしていなかったし
1人での行為もしていなかったことに気づきましたが、
その気づいたときには、いわゆる
「溜まっている」感じが全くしなかったのです。
「ああ、そういえばここ1週間忙しくて
なんにもしてなかったなー・・・。」
と、感慨深いような感覚はありましたが、
それだけで、実際には勃起して行為をすることもなく、そのまま1日が過ぎてしまいました。
思えば、この日が勃起不全の始まりの日だったかもしれません。

その後も、彼女と休みの日にデートをしたり
家でまったりすることもありましたが、
昔はとにかくセックスがしたくてたまらなくなっていたのが、
「たまには、スキンシップもしないといけないよな。これもコミュニケーションの一環だし。」と、まるで仕事でもしないといけないかのような気分でセックスをすることが多くなりました。
そういう感情が、知らず識らずのうちに彼女にも伝わってしまっていたのでしょうか、
だんだんとお互いがセックスを始めるようなムードにもならなくなっていきました。

そしてある日、
なんとなく流れでセックスをしようと思ったときに、
全くたたなくなってしまったのです。
別に緊張をするような場面でもなかったし、
お酒を飲んでいた訳でもありません。
結局、今日は疲れているのかもしれないね、ということになりそのまま何もなく眠ることになりました。
とてもショックでした。
しかしもっとショックだったのは、
結局行為に及ぶことができず、しかも自分自身で処理することもないのに
性的に不満を持たないまま、疲れたからといって眠りに就こうとしていた自分自身に対してでした。
勃つ、勃たない以前の問題で、
「俺はまだ30歳なのに、男として完全に終わってしまったのか・・・
もう子供を作ることもできないのだろうか・・・」と、とても落ち込みました。

ここで初めて自分の勃起不全を完全に自覚し、
色々とインターネットサイトで情報を集めて、改善のために色々と試してみました。

自分の場合、食生活の乱れが特にひどかったのが原因だったらしく、
毎晩糖質と脂質の高いものをストレス解消に食べていたのが問題だったようです。
(ちなみに、毎晩ポテトチップスのビッグサイズの袋をまるごとひとつと、板チョコ1本くらいを食べていました)
その後はEDのお薬というサイトを参考に、糖質と脂質の低い、かつタンパク質などの栄養がしっかりした食事を摂ることを意識して行うようになりました。

その甲斐あって、その後
1人ですることがまた増えてきて、
最近では、また彼女とセックスをすることもできてきました。
彼女には結局、勃起不全に関することは直接何も話していません。
しかし、以上のような経緯があったから、彼女も薄々気づいていたのだと思います。
直接言うことは確かに難しいと思います。
まずは、最近体が調子悪いかも?と伝えてみて、体に良いことをお互いが気遣いあってできるようにすれば良いのかなとおもいます。”

私は、仕事からの病気で、今の妻と出会いました。

私は、フリーランスでシステムエンジニアをしています。
副業はハード系のリサイクルショップで働いています。
私は、システムエンジニアとして、働いていました。
ITバブルといわれていた時代に、技術者が不足していて
1人で、3人分の仕事をこなさないと、納期に間に合わない
プロジェクトばかりでした。
私は、この当時、会社を立ち上げたい気持ちが大きく、
個人事業主になりました。
仕事は、たくさんあったので、チャンスの時期でもありました。
生活は、朝、5時に起床し、夜の1時に就寝という日々が続きました。

もちろん、仕事はやっつけにスタイルになっていました。
ある日、通勤電車の中で、とんでもない発作が起きました。
ありえないほどに動機、吐き気、過呼吸、手足のしびれ、
という症状でした。
私は、死を感じました。
とりあえず、30分くらいにベンチで休憩してから、職場に行きました。
これをきっかけに、たびたび発作は起きました。
仕事がひと段落して、私はインターネットで調べたパニック障害だと思い、心療内科に行きました。

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診察の結果は、思ったとおり、パニック障害でした。
この病気を半年もほっておいたので、年間での治療だと
いわれました。
私は、フリーランスで働いていたので、仕事を休止して、
療養する事にしました。
週に一度、心療内科に通う事になりました。
あだなが仕事バカといわれていた通り、仕事が大好きだったので、
仕事をしない方がつらかったのですが、この病気のままで、
仕事をしても、仕事の質も落ちますし、病気もひどくなるという事
で、当分は、仕事をあきらめました。
私は、プライベートの時間の過ごしからから、見直す事に
しました。というより、どうしていいかわかりませんでした。
仕事をしている時は、プライベートの時間はほとんどなかった
ので、すごいストレスを感じていました。
心療内科に通っているうちに、毎回、必ず来ている女性がいる
事に気が付きました。
わたしは、たまたま横に座ったので、話をしました。
その女性も仕事のし過ぎで、パニック障害と診断されたそうです。
私たちは、仲良くなり、いろいろお話をしました。
そこで出てきたのが、診察や薬以外で、自分たちで何か病気に
よい事ができないかと考えるようになりました。
私は、自然のゆとりを持った時間を楽しむ事で、病気に良いのでは
と思い、その女性に話をしました。

私の趣味はパソコンで仕事もパソコンです。

私は、システムエンジニアと副業でハード系リサイクルショップのパソコン担当で働いています。
私がパソコンに出会ったのは中学生の頃です。
その当時、パソコンゲームが流行っていました。そのパソコンですがとても買えない品物でした。
そんな時、家庭用のテレビに繋ぐことが出来るMSXというパソコンがある事を知りました。
私は、そのMSXをというパソコンをお年玉で購入しました。

もちろんゲーム三昧の日々でした。
このパソコンの説明書を見ていたのですが、ベーシックというプログラムを組む機能が
付いている事に気が付きました。
私は、興味があったので、遊ぶながら、楽しく独学で覚えました。
工業高校に入学し、驚いたのが、ベーシックという授業があった事です。
私は、その授業では理解しているという事で、教える側で参加していました。
私は、ますます好きになり、卒業研究でプログラムでソフトを作りました。
それから、大手の工業に就職し、働く事になりました。
その頃はバンドでギターをやっていたので、作詞。作曲・編曲がやりたかったので、アップルコンピュータのマッキントッシュというパソコンを購入しました。
これが初めてのGUIのパソコンでした。

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就職してから、5年位で班長になりました。私はこの頃から、今の仕事に疑問を持つように
なっていました。私に取って、満足度。達成感がほしいと思いました。
それから、流される様に仕事をしていたら、あるニースで興味がある
話がありました。
そのニュースはIT業界が急成長し、技術者が不足しているという内容でした、
私はこのニュースを見た時に、学生の頃にプログラムに夢中になっていた頃を思い出しました。
私はそれから、プログラマーを目指す為、会社を退職し、まず資格を取得する事にしました。
派遣のラインの仕事をしながら、猛勉強しました。
半年、かかりましたが、資格も取得でき就職活動に入りました。
ハローワークで探しては、面接を続けました。
何度、面接しても採用される事が出来ませんでした。
面接で、わかった事がありました。システム会社は、中途採用で、初心者を入れる事はほとんどない事です。
私は、もう戻る事はできないので、諦めないで就職活動を続けました。
なんとか、システム開発の会社に採用され、プログラマーとしてのスタートが出来ました。
私は、同じ年のひ人たちに追い付きたいと思い、仕事をしまくって2年位で、プログラマーから
システムエンジニアになりました。
ですので、趣味はパソコン・仕事もパソコンです。そして私の生活自体がパソコンです。

私が気に成る事を大まかに分けて語って見ました

私が良く気になる事と言えば、テレビでスポーツ観戦をする時は決まってサッカーの試合が大半を占めている様な気もしてその試合中継がマンチェスターシティ―だったりバルセロナと言う大きな株組織に寄って運営されて放映されている事です。

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勿論、オリンピックの祭典なんかの時にはサッカー以外にも学生時代にやっていた卓球や柔道にバレーボールと大半は其の時のテレビ欄に合わせて見る事が多いです。然しながらサッカーに関しては国内のJリーグやワールドカップにトヨタカップにキリンカップと言った国内外の試合や更には此処最近に至ってはアメーバサイトから出ている「AbemaTV」所謂インターネットテレビ放送が無料で見られる様に成ってからはサッカー本場のユーロッパで行われる欧州試合やプレミヤリーグと言ったクラブでもミランやマンチェスターユナイテットにインテルと長友が所属するチームの試合が見れるのは本当に嬉しいです。サッカー選手で注目をしているのは勿論、日本だと先に行われた12月のクラブワールドカップで初の決勝戦進出の快挙を成し遂げた鹿島アントラーズの司令塔、柴崎岳選手やインテルで活躍中の長友選手が相場ですが、私はどちらかと言うとマドリードのクリスチャードロナウドやサントスの様に海外選手、それも欧州や南米選手に目が行って仕舞いがちです。それだけに今回のクラブワ―ルドカップの準決勝で南米のクラブチームが姿を消したのは大きかったと思ったりもしています。
更にパソコンで鑑賞するだけでは無くて本業のデスクワークでもOfficeの中で最も私が一番に興味を持ち特に気になるのが、PowerPointに於けるプレゼンテーションを習ったり作成する際に私が最も苦手意識が有るとしたら、それはスライド作成やアニメーション効果に寄る自動更新のセッティングだと思っています。作成自体はそんなに難しくないのですが、シート何枚か作成した後で編集で行う場面切り替えのタイミングや表示非表示の区別更には、配布資料マスタで行うリハーサルと言うモノが存在します。その中でスライド画面を自動でジャンプ・ハイパーリンクをセッティングは私がPowerPointを習った中でも最も苦手としている分野です。何が苦手かと言えば時間制限される事で伝える時間帯が何秒まで決められている事で、どうしても焦ってしまいスライドモニターの移り変わりと説明が追い付かなかったりオーバーして勝手にスライドモニター画面だけが進行してしまいがちになってしまう事です。勿論、プレゼンテーション発表前日までにはリハーサルを何度も繰り返していますけど、やっぱり本番は苦手ですよ。

話が少し逸れましたが、先にも述べた様にリハーサルで画像切り替えのタイミングやコマ何秒の世界まで突き詰めて練習あるのみだと今私が行っているクラウドにも大きく影響を及ぼしている訳で、その理由として上げられるのがスライドに対してのホームページ作成の代行と言ったコンペや個人報酬だと思っています。改善策の1つとして私自身が用いたのはプレゼンテーションの自動設定を手動に変える方式を取ってもアニメーション化したり出来る為にその技術を生かしたシート作成により私独自のオリジナルティーを編み出す事が出来る物と考えている訳です。先ずは自分のペースの図る事から始めて行く事が大事に成って来る訳で、その後は自分の持ちタイムとペースが掴んで来たら最初は1シートだけを自動設定を行って試しにリハーサルさながらに行って行く事で、苦手意識の克服して行く事から始めた方が寄り効果的に出来る様に成るのではとも思っています。

そう言う小さな積み重ねを継続していく事で私が思うにデスクワークにデスクワークに於いてのPowerPointに対するプレゼンテーションをマスターしたら私は勿論、仕事で生かせる様になれば寄り効果的にプラスに働き良いアイディンティーが生まれて来るものだと私は思っています。刺し合たっては私個人のホームペー作成でプレゼンテーションを生かしたスライドやアニメーションで私オリジナルを作って見たいと今は思っています。
最後に気に成ると言えば先週位に体調を壊して会社を休んでいましたが、その影響なのか週明けから変に睡眠不足や気候の変化で体が重い様に思えて来ます。そんな中で遂今朝方の出来事でしたけど、朝から珍しく寝坊をしました。元々が余り朝が苦手意識が有るので寝不足で起きる事はあっても、寝坊するのは稀でしたのでチョット自分でも吃驚していましたよ。寝坊とは言っても何時もが早めに目が冴えて起きてしまいがちなので逆に返って寝坊した事で通常の時間帯に戻った様な感じを受けて自分自身何か変な一日のスタートに成りました。変と言えば今日は朝から雨が凄いと言っていたので久々の雨だなっと軽い感じで思っていたら昼過ぎから雪が酷く成って来て、早くも帰りには雪が止んでくれないかなっと思ったりしている今日この頃ですよ。